函館港イルミナシオン映画祭について
だから僕達の映画祭は、「映画を創る映画祭」なのだ
1993年の夏、僕たちは函館の街を中心として木古内から臼尻まで函館圏を舞台にあがた森魚監督、石堂夏央主演の「オートバイ少女」の撮影現場にいた。
青林堂「ガロ」のスタッフに地元の僕たちが参加して約1ヶ月間、早朝から夜明けまでほぼ毎日走り回っていた。時には旅館の大部屋でスタッフと寝食を共にした。
翌年、「オートバイ少女」は目出たく完成。この年の函館港まつりの「港まつりだ踊りゃんせ」の野外であがたさんのミニライブと上映会を行った。8月の潮風が心地よい夜だった。カモメがスクリーン上に舞い、その白さが眩しいくらいだった。この上映で満足するはずであった。後は全国のミニシアター等で順次上映してくれればと思っていた。しかし、「映画はやっぱり映画館で映そうよ」というあがたさんの言葉に誘われ、いつの間にか僕達は函館山の山頂「クレモナホール」にいた。未来の日本映画界を面白くしてくれるだろう若手監督のデビュー作品2本と共に。1本は篠原哲雄監督の「草の上の仕事」、そしてもう1本は矢口史靖監督の「裸足のピクニック」だった。こうして僕達の映画祭は始まった。
1994年3月11日、「第1回函館山ロープウェイ映画祭」。同じ年の10月に2回目を開催した。第5回目に20世紀の映画祭を模索すべく、現在の名称に変更した。以後、年数と回数が合わないままに映画祭は今年を迎えた。
来年15年目を迎えるに当たり、開催年数と回数を合わせようと今年の映画祭は回数を数えずにノーカウントとした。企画の柱は3本、僕たちのアーカイブスとして映画祭の原点である第1回目の上映作品3本の上映と監督によるトーク。また、日本映画界を支えてきた監督たちに敬意を表して、鬼籍に入った名匠3名の監督に絞り代表作とまではいかないが現時点で上映可能な作品の上映と映画評論家の方による解説を交えた番組。そして、明日の日本映画界を担って行くであろう若手監督の新作の上映とした。
函館港イルミナシオン映画祭は一貫して日本映画を応援し、上映し続けている。その思いは今も変わらない。「若き才能たちとの出会い」をキャッチフレーズに若い映画人の発掘と発信を目指してきた。第3回から始めた「シナリオ大賞」からは長編4本、短編8本が映画化され、現在も日本のどこかで上映されている。また、テレビドラマも1本制作されている。
来年、15年・15回目を迎えるに当たりここに至るまでお世話になった全ての人に感謝したい。
これからも僕たちが出会うであろう映画を愛する素敵な人たちにも…。
実行委員長・米田哲平
|